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民俗風習

電話ごっこ

電話ごっこは潞江壩のタイ族の少年少女の間にはやっている恋遊びである。

その道具は「土電話」といって、電話の受話器の形をなぞらえて竹の筒で作り、最後に長い線で二本の「受話器」を結べばできあがりである。こうして、共鳴による効果で声が伝わる。少年少女はどちらかから相手に声をかけて、そして、二人それぞれ一つの「受話器」を取って、すこし距離を隔ててから「通話」をはじめるわけである。愛のささやきでも恋歌でも何でもいい。互いにぴったり気持ちが合ったら一緒に遠くのほうへ行ってしまう。気持ちが合わなかったら、「受話器」をおいて、ほかの相手をさがしはじめる。

篝火遊び

保山市の西山梁子一帯に住むリー族の青年には今でも「篝火遊び(中国語では焼火向という)」という古い習慣が続いている。村の若者の男女が日にちと場所をを決めて、いわゆる「合コン」を行うのである。若者たちがみんな山に登り、篝火を囲んで輪を作って座る。火に向かってしゃべりながら自分の気に入りの相手を探す。気に入った人がいれば、進んで自己紹介をし、そして、生肖とか好きな相手がいないかとか、相手のプライバシーを聞くのである。もし相手が快く答えてくれれば、すなわち自分に好感をもつということだ。逆に言葉を濁って答えてくれなければ、すなわち好感はないということである。

粽包

粽包とは棕櫚の花のつぼみのことである。この花ならぬ魚卵の形をした花は、あちこちで見られるが、あまり注目されない。しかし、騰衝の人の家庭料理には粽包は欠けてはならぬ存在であり、お勧めの郷土料理である。金色の粽包にニンジン、キムチ、肉片などを添えて、とても見た目はきれいだが、初めて食べる方にはすこし苦すぎるかもしれない。しかし、何回も食べればすぐ慣れるようになり、その独特の味のうまさが味わえるのである。

象達紙傘

竜陵県の象達郷の名産。手作りの伝統工芸品。桐油紙で作られ、傘の柄は竹で作られる。傘の表に梅などの図案が描かれる。

農家絵画

農家絵画は特定の歴史と社会の前提の下で生まれた中国の農村の絵画芸術である。その起源は農耕社会の時代まで遡れる。切り紙、しんこ細工、土人形、年画などの多くの芸術品を生んだ。

騰衝農家絵画は20世紀70年代に始まり、作品の多さや画風のユニークさは稀なものである。現在、騰衝の農家絵画は上海の金山、陝西省戸県の農家絵画のレベルと並ぶようになった。騰衝の農家絵画の作成者の7割以上がリス族・タイ族・ワ族などの少数民族であることもその特色である。

固東滎陽紙傘

騰衝県固東鎮の滎陽村は、100あまりの世帯からなる古い村落である。村人がみんな傘の細工ができることで、雲南西部とミャンマー北部で広く知られている。巧みにできた傘は軽いうえに持ちもいい。そして、安価のため雲南省とミャンマー各地でよく売れている。社会が発展するとともに、紙傘は生活用品としてはあまり使われなくなったが、しかし一方では、その芸術的価値が広く認められるようになった。滎陽の紙傘はこれからもっと多くの人々に好まれるようになると大きく期待されている。

界頭の抄紙

騰衝県界頭の村々には、中国最古の製紙法が今日までも継がれている。すなわち手漉きで紙を作るのである。手漉きの方法は遙かな昔から伝えられ、竜家寨、岳家寨などのところではすでに300年以上続いている。

紙漉きに使われる材料は高黎貢山の谷にある楮の樹皮から取る。手漉きのプロセスは複雑で、皮剥ぎ・浸し・漂白・煮熟・粉砕・漉きなど、20以上の作業工程がある。粉砕以外の作業はすべて手工で行われ、製造の技術がきわめて高い。

漉き上がった紙は、漢方薬を包むやら、書道に使うやら、金の札を束ねるやら、使い道がかなり広い。工業化がますます進む今日では、手漉きの紙は独特の芸術であり、貴重な文化である。

ワ族清劇

甘蔗寨は騰衝県荷花郷にあるワ族村落である。南方シルクロードの古道に位置し、かつて軍隊・行商・キャラバンの休憩の駅舎であった。

ワ族清劇は「高腔(劇の節回しの一種)」の体系に属し、「青陽腔」によく似ている。人を感動させるようなストーリーが多く、人物の性格がはっきりしていて、台詞が優美であり、節回しもよくできている。叙事にも抒情にも長じ、表現力がある。ワ族清劇には「九腔十三板」というさまざまな節回しや伴奏がある。

ワ族清劇は清代末期民国初頭に一時盛んになっていたが、その後だんだん衰えて、第二次世界大戦後、ほぼ消えかけていた。1984年にワ族清劇は初めて現代的舞台に上がり、この民族文化が再び伝承されるようになった。

紙芝居

騰衝の紙芝居の起源は明代の洪武皇帝の時にさかのぼり、湖南・広東から伝えられたという。清代の道光の時にはすでに騰衝北部の農村で広く広まり、170年以上の歴史をもつ。

騰衝の紙芝居は伝奇小説・演義小説・民間俗話から取材したものが多く、特に三国志・戦国史・封神榜・西遊記に関する内容が多い。紙芝居の発展につれて、シナリオの数もますます増えて、今では約300-400種あるという。

デーアン族の水鼓踊り

保山デーアン族は主に竜陵県と隆陽区潞江郷に分布し、輝かしい伝統文化を誇る少数民族である。水鼓踊りは保山デーアン族の独特の民族舞踊であり。デーアン語では「ガカラダン(太鼓や弦楽器の出す音の擬声語)」と呼ばれる。おもに祭典や祝典の時に踊る。ダンスのリーダーはみんなを率いて太鼓や銅鈸や銅拍子などの楽器を鳴らしながら踊る。太鼓を打つ前、太鼓の表にある穴から内部に0.5キロほどの水か酒を入れて、皮膜を濡らす。濡れた水鼓は普通の鼓とは異なる音響を響かす。水鼓の重さは15~20キロで、踊り手は、体をやや屈めて、水鼓を首から垂らして手で叩きながら、銅拍子などの弦楽器の伴奏に合わせて、リズミカルに踊る。

イー族の大鈸踊り

保山のイー族は主に隆陽区と昌寧県に分布している。永昌大鈸(大鈸は円盤状の打撃楽器の一種)はイー族では「擦大鈸(ツァダイボー)」ともいい、イー族の伝統舞踊である。主として隆陽区瓦房郷的徐掌・四棵樹、白竜井、梅蘭山、楊柳壩などの地域で踊られる。ダンサーはすべて男性であり、4、6、8、10人など偶数で組まれる。伴奏の楽器はチャルメラ、シンバル、鐃鈸などがある。出演の時はふつう仮面をかぶり、孫悟空や玄奘三蔵や仙女などを扮装する。大鈸を打つ者は首席ダンサーで、真中で踊る。ほかのダンサーは首席ダンサーを囲んで踊る。舞踊は動作の幅が大きく、リズム感に富む。

タイ族の太鼓踊り

タイ族は独特の民族文化を持ち、タイ劇のほかに、民族舞踊も種類が多い。象脚鼓踊り・孔雀踊り・鹭鸶踊り・太鼓踊りなどがある。
太鼓舞は、保山市芒寛郷タイ族の特有の、洗練された民族舞踊である。主に祝典や豊作祝いの時に踊る。毎年6月15日から7月15日の間にタイ族の人々はほぼ全員参加し、太鼓をたたきながら心行くまで踊る。太鼓を叩きながら踊ることから太鼓踊りと呼ばれる。太鼓の重さは25キロである。シンバル、銅鑼などの伴奏に合わせて踊る。舞踊は豪放かつ雄壮である。

タイ族水かけ祭り

 「水かけ祭り」は「浴仏節」ともいい、タイ族にとっての新年である。タイ族の新年は西暦の四月中旬にあたり、すなわち清明節後の7日目から、三日間にわたって行われる。この間に、すべてのタイ族の人は互いに水を掛け合い、また、舞踊や武術などのイベントを行う。水かけの場面は新年祝いのもっとも盛り上がったときである。この日は、未婚の男女が互いに愛情を確かめ合う時でもある。

リス族の跳嘎踊りと三弦踊り

保山のリス族は主に騰衝、隆陽、竜陵などの地域に分布する。跳嘎(発音はティアオガー、嘎は「足で踏みつける」意)とはリス族の伝統的な踊りのことである。人々は伴奏なしの歌声の中で手をつないで輪を作って踊るのである。ほとんど足を動かす簡単な動作(そのため跳嘎と呼ばれる)で、新年、豊作祝い、結婚、新築の時によく踊る。
三弦踊りもリス族の伝統舞踊である。伴奏の楽器に主として三弦を使うので、「三弦踊り」と呼ばれる。リス族の若者はほとんど誰でも踊れる。かがり火のそば、村の出入り口、会場の中でよく踊る。

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